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わずか一回の打ち上げでもそうとうなコストのかかるのがこの世界だから、数十回もかけてモジュールや資材を運べば、完成するまでに膨大な費用を必要とする。
ならば、できるだけ打ち上げの回数を抑えたいのは当然だ。
だからそれまでの計画では、スペースシャトルの射場であるフロリダ半島のケープ・ケネディの北緯二十八・八度が、そのまま宇宙ステーションの軌道傾斜角になっていた。
一回のフライトで、できるだけたくさんの物資を輸送するには、これがベストの策だった。
各国の担当機関も、宇宙ステーションを構成するモジュールや必要な資材は、すべてスペースシャトルで輸送することを前提に設計してきた。
シャトルのカーゴ・ベイにサイズを合わせ、シャトルの輸送能力に合わせて重量を考慮して設計し、開発してきたのである。
そして建設が完了したのちの補給物資輸送は、スペースシャトルとESAのアリアンⅤ、そして日本のHIHAの担当となっていたのだ。
こうした事情があったから、ロシアの参加は、他の国々にとっては何かと面倒な問題だった。
日本はもちろんのこと、モジュールを提供する各国の担当機関は、それにともなってさまざまな設計変更を迫られるのだ。
なにしろ、ロシアは〝独自″の技術をたくさんもっている。
たとえば宇宙服一つとっても、日本やヨーロッパの国々はNASAで開発したものを利用するが、ロシアは自国開発のものである。
当然ながらモジュールも、独自のシステムをも.っている。
そうした既存のシステムをもっているロシアが参加国となる以上、他の国々はインターフェースなどを合わせなければならない。
これもやっかいな作業だった。
前述のようにロシア参加の条件が五十一・六度という軌道傾斜角になったのは、スペースシャトルの打ち上げがフロリダのケープ・ケネディになっているのと同様、発射基地の緯度からきたものだ。
しかし、それによってスペースシャトルの打ち上げ能力が低下したり、各種インターフェースの設計変更などが生じたにもかかわらず、参加各国は承認した。
なぜか。
それは、各国にとってそれなりのメリットがあったからだ。
まず、建設と補給において、ロシアはソユーズ・ロケットとプロトン・ロケットを捏供するのである。
ロシアは二つのモジュールを提供するし、ミールの建設や運用をやってきただけにアメリカ以上に経験が豊富だから、当然といえば当然だ。
それになにより、スペースシャトルだけでくりかえしモジュールを運ぶよりもはるかに効率的で、計画のスケジュールにはプラスになる。
そしてもう一つ、アメリカをはじめとする参加各国には、ロシアに入ってほしい理由があった。
それは、宇宙ステーションからの緊急脱出の問題である。
建設中と建設後の運用中に、万が一にも宇宙ステーションで緊急事態が発生した場合、搭乗員たちをすぐにでも地球へ帰還させなければならない。
しかしロシア抜きの計画では、その輸送手段はたった一つ、スペースシャトルである。
緊急時に、はたしてこれだけで対処できるのか。
それを考えると、ソユーズ・ロケットでミールへ搭乗員を運び、そしてカプセルで帰還させてきた経験のあるロシアの参加は、軌道傾斜角の変更について妥協するだけの価値があったのだ。
ただ、ここで一つ面白いのは、ロシアのロケット発射基地バイコメールの位置である。
バイコヌールは、たしかに北のほうにはあるものの、北緯は五十一・六度ではない。
ロシア連邦のなかではずっと南部の、カザフスタン共和国だ。
カザフスタンのほぼ中央部、アラル海ににちかい。
それならば、バイコヌールの北緯四十五・六度をそのまま軌道傾斜角にしてもよさそうなものなのだが、わざわざ五十一・六度にしているのは、隣国への〝遠慮″である。
カザフスタンは、中国やモンゴルと国境を接しているのだ。
軌道傾斜角四十五・六度で打ち上げると、燃焼を終えたロケット下段部の〝ドンガラ″が、こうした隣国の領土内に落ちてしまう。
大気との摩擦で燃えてしまうとはいうものの、やはり一部は残り、地上に落下するのだ。
そのためロシアは、あまり仲の良くないお隣サンである中国とのあいだにトラブルの種をまかぬよう、宇宙船の軌道傾斜角は五十一・六度にしてきた。
サリュートやミールの軌道傾斜角が五十一・六度になっているのは、そのためである。
ともかくこうした背景から、宇宙ステーションの軌道は大きく変更され、各国ともそれを了承した。
しかし、これにて一件落着というわけではなかった。
ロシアのモジュールを組み込むことになり、いろいろとやっかいな問題が起きたのである。
たとえば宇宙ステーションにおける、各国モジュールの配置の変更だ。
その代表的なのが、JEMである。
JEMが、宇宙ステーションの一番〝前″に出ることになったのだ。
いうまでもないことだが、宇宙ステーションは飛行している。
そして宇宙空間には、使用済みになった衛星の破片、いわゆる〝デブリ″が飛んでいる。
したがって一番前のJEMには、そのデブリが衝突する確率が高いのである。
さらにJEMの位置は、スペースシャトルが宇宙ステーションにドッキングする部分の、すぐ隣になった。
当然ながら、ドッキングのときに振動をモロに受けてしまうのだ。
ある。
円筒部、つまり与圧構造壁の板圧は薄いところでも四・八ミリ、外側には厚くて大きな網目状のリブが張りめぐらされ、しっかりと補強されている。
この与圧構造壁の外側十センチのところに、〝デブリ・バンパー″と呼ばれるやはりアルミ合金製で厚さ一ミリのパネルが張られ、これがJEMの外壁となる。
この外壁と主構造体にはさまれた十センチの空間は、いうなれば緩衝帯である。
飛行方向の前面側の内部には、ケプラーやセラミック系の繊維、それにアルミメッシュなどの複合材でつくった充填材が詰めこんである。
万が一、デブリや隕石が外壁を突き破った場合にも、この充填材が衝突のエネルギーを吸収し、主構造体に損傷がおよぶのをふせぐのだ。
ケプラー製の防弾チョッキが、銃弾をはねかえすのではなく、エネルギーを吸収することで人体をまもっているのとおなじ理屈である。
JEMが最前部に出ることになり、与圧部と補給部与圧室の製作を担当していた三菱重工の大江工場は、こうした〝防弾チョッキ″の設計変更にも追われていたようだ。
また、曝露部の開発を担当していた石川島播磨重工の瑞穂工場も、なにかと苦労させられた。
人間の活動空間である与圧部に対し、宇宙空間に張り出した曝露部は、デブリに対してはそう神経質になることはない。
それにもともとの配置では、曝露部は与圧部の後方になるはずだった。
それがロシアの参加による〝席替え″で、与圧部といっしょに前面にならんだのだ。
しかもスペースシャトルと宇宙ステーションのドッキング部分である「ノード2」に結合されることになったのだ。
シャトルの〝接岸時″の振動が、かなり伝わってくる部分である。
弁当箱のような格好をした曝露部は、スペースシャトルで打ち上げるときには四トンていどの重量なのだが、そのあとに十個ちかい実験装置を設置すると、全体で最高十三・五トンにもなってしまう。
無重力の環境だから静止状態ならばいくら重くてもかまわないが、振動の発生はやっかいである。
なにしろ与圧部と曝露部を接合するのは、直径一メートルにもみたないカップリングだ。
この部分で、すべてをささえなければならないのである。

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